父親


 日本に住んでいるときには、「女子供」という言葉にとても敏感だった。
 私が、男女雇用均等法の恩恵を受けて会社に勤めていたこともあるだろう。また は、私自身若かったときには、男性と比べられても負けたくないという意地もあった と感じる。
 結婚して妊娠がわかると、私は会社を退職した。
 退職するかどうかは私が選んだ。夫は彼なりの希望を私に伝えてきたが、最終的な決断は私に任せてくれた。そして、もしも働きつづけるのであれば、出来る限り育児を手伝うと約束してくれた。

 たぶん、日本にいたころ、他の家庭の父親と比べても、私の夫は育児に協力的だったと思う。
 平日は忙しく、子供たちとほとんど顔を合わせられない生活だったが、その分、休日には出来る限りの時間を子供のために使っていてくれた。
 二人で子育てをしているという気持ちがあったのだ。

 さて、アメリカに来て始めて娘の誕生会をしたときのことだ。
 金曜日の夕方からパーティーをすることにした。
 英語の苦手な私のために、英会話の先生がパーティーの進行を手伝ってくれた。
 パーティーは楽しく大成功だったのだが、先生の帰り際の言葉がひっかかった。
「せっかくの誕生会なのだから、パパも出られればよかったのに。」

 娘の友達の誕生会に呼ばれて、この帰り際の言葉の意味がよくわかった。
 アメリカでは、誕生会は土曜日か日曜日に行う。誕生日を迎える子供の父親と母親、両方が出席するのは、当たり前のことなのだ。
 このとき、子供の友達の両親たちと知り合いになったり交友を深める。
 パーティーでのゲームや、ピニオラという紙でできた張子にお菓子をいっぱい詰めたのを棒で叩くのやらの進行は、もっぱら父親の役目なのだ。ここで上手に子供たちを遊ばせてくれる父親は、ぐぐんと株が上がる。風船で冠や花を作り出す父親もいるし、料理上手な父親は、ご馳走を腕によりをかけて作ったりしている。ゲームの後のピザとソフトドリンクを配るのも、ケーキのキャンドルを吹き消す音頭をとるのも、ピザやケーキのおかわりがいらないか目を配るのも、父親なのだ。
 それに、写真を撮り、ビデオを回す。
 カードを子供といっしょに読み上げ、プレゼントを開け、友達にありがとうを言わせ、といった実践を伴った躾も、父親が率先してやっている。
 そんな父親の姿を見て、夫は、「こりゃ、僕にはできないな」などと言って苦笑していた。

 60年代のアメリカの父親は、全く何も育児を手伝わなかったという。
 ミルクを与えるのも、おむつをかえるのも、全て母親がやってきた。
 それが、数十年をかけて、こうまで変化している。

 でも、そこまで父親がする必要があるかどうかは疑問だ。
 日本人の父親たちもアメリカ人の父親のようになるかもしれないが。

 私の息子が、先日、色んなテストを受けにいった。断っておくが、お受験ではない。
 外国語の中で学校に通う子供たちには、家も外も全て母国語が通じる環境の子 供たちとは違った悩みがある。そういった色んな悩みを持つ子供たちをサポートするセンターに息子を見てもらいにいったのだ。
 数回受けるテスト、全て夫は仕事の都合をつけて顔を出してくれた。そして、父親としての立場から見た息子のことを、センターのドクターに話してくれた。
 運悪く、娘の学校が休みの日とテストが重なったときには、会社を休んでくれた。
 テストが終わり、急いで家に帰ったとき、私は夫に対して感謝の気持ちで一杯だった。
「ありがとう、あなたがいてくれたから、今日もテストにいけたわ。本当に、感謝しています。」
 夫は、ちょっとはにかんだ笑顔でこう答えてくれた。
「何言ってんだよ。だって、二人の子供だろ。」

 当たり前の言葉だが、はっとする言葉だった。
 二人の子供だという想いがある限り、たとえ、誕生会に父親が出席しなくても、上手にパーティーを盛り上げなくても、やはり父親は立派に父親なんだなと、そう感じた一瞬だった。


99/04






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