君の名は


 昔々の日本では、男性が女性の名前を聞くことは、男性が求婚しているということだったらしい。
 女性の場合、有名な歌人などではその呼び名が残ってはいるが、それは本名とは全く違う。
 いったい、どんな名前がつけられていたのだろうかと考える。
 優しい音の名前だったのだろうか。花の名前だったかもしれない。目を閉じて、楚々と咲く花の名前を探ってみる。
 運よく乙女の名前を聞けた若者は、どんな心地がしたのだろう。
 可愛らしい名前を、その舌の上で転がしては、愛でたのだろうか。

 美しい花の名前が、美しいとは限らないと知ったのは、いつのころだろうか。
 春を告げる瑠璃色の、手に触れるとほろりと落ちてしまう花が好きだった。その花の名前を聞いたとき、自分の耳を疑った。「おおいぬのふぐり」、あの可憐な花にしては、あまりにも酷い名前だ。
 日本名はあまりにもそっけないのに、英語名はとても詩的なものもある。
 種が黒いからと名付けられた「くろたねそう」は、"love in a mist"という。きっと繁る葉が霧のような佇まいだからだろう。開く空色の花は、霧の中の切ない恋人のようだ。

 でも、名前を知らなくても、花は美しい。

 まだ、娘を身ごもっていたころ、多摩川の近くに住んでいた。
 近辺には、小さな規模の工場があった。旋盤をしている工場、エレベーターを作っているところ、それなりの大規模な工場もあった。
 そんな環境でも、自然はある。工場の敷地に大きな楠があったり、小さな工場の一抱えしかないようなコンクリートで囲ってあるところが、花壇になっていた。東京には自然がないというが、目を凝らせば、駅まで歩く通勤の道には、季節が巡りを知らせてくれていた。

 ある日曜日、主人と二人で散歩をした。
 主人の手には、買ったばかりのマクロレンズをつけたカメラがあった。
 お目当ては、一番近い工場で咲いている、可憐なピンク色の花だった。

 可憐な花の名前は知らなかった。
 二人で覗き込むようにして、写真をとったり、花に見入っていた。

 そのときだ、工場の小さな扉が開いて、恰幅のいい女性が出てきた。化粧っけもなく、頭には手ぬぐいが巻き付けてある。
 その工場で、普段はてきぱきと他の作業員に指示を与えて働いている女性だった。きっと、工場のおかみさんなのだろう。
 日曜日の工場に何の用かと、怪訝そうな顔をして、私たちのことを見ている。
 主人が、カメラを持ったまま立ち上がった。
 主人は、このピンクの花がとても好きで、カメラに収めたくてここにきたことを、彼女に説明した。
 彼女の表情がとたんに柔らかくなった。
 きっと、あまり喋るのが得意なタイプではなかったのだろう。
 腰を屈めて、むんずとピンクの花一輪、根っこから引き抜くと、私たちの目の前に、ずんと、突き出した。
 あまりの展開に驚きはしたものの、荒っぽい動作とは裏腹に、彼女の頬には刷毛ではいたように、赤味が差していた。きっと、とても純粋な人に違いない。
 ご好意に甘えて、差し出された花を受け取りながらその花の名前を聞いたのだが、知らないという返事が返ってきた。

 私たちは、揺れる花とともに家路についた。
 ベランダのプランターでは、毎年、ピンクの花が初夏になると風と遊んでいた。

 その後、何度かの引越しで、プランターは人に貰われていった。
 あの花も、もう見れないのだと思うと、少し寂しかった。

 昨年、園芸店で種のコーナーをぶらぶらと見ていると、あの可憐な花の種が売っていた。
 主人も私も、嬉しくて小躍りして買ってしまった。
 だが、残念なことに種を植えることに熱中していて、何という名前なのか見もせずに、袋を捨ててしまった。

 今年も、ブルージェイが返ってくるころ、可憐な花も咲き始めた。
 薄い花びらが、なんとも愛らしい。
 朝日の中で見ると、光を溜めた小さなカンテラのように見える。
 たくさんのカンテラたちは、何を照らしているのだろうか、そんなことをぼんやりと考えながら、この花の名前はなんだろうと、呟いてみる。
 唇を近づけて囁いてみても、花は答えてはくれないのだが。


99/05/28






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