「鎹」(かすがい)



この匂いは嫌だ。
それ一本の匂いならまだしも、土間には葱の匂いが充満している。
選別と箱詰めは終わっていたようで、箱はたたんだものが隅に重ねられていただけだった。しかし、しぶとく匂いは残っている。

ここに住むと、自分までどっぷりと葱の匂いが染みついてしまうと、そう感じたのだ。

「はよ、おあがり」
しゃがれた声がする。
「なんだか、やっぱり落ち着くわね」
母親の声はのんびりしていて、私の不安な気持ちを逆撫でする。
「先に、お風呂にするか」
先ほどのしゃがれた声が、また聞き返す。
「お父さん、帰ってからでいいわ」
高すぎる上がり框に座りながら、ぼんやりと、私は新しい名札を眺めていた。
「高科 唯」、それは私が私であるための指標だった。ずっと、生まれてから10年間、この名前で呼ばれてきた。そう呼ばれることで、また、少しずつ固まっていない自分が出来あがったきたように思う。
それが、簡単に崩される。
それは、私が「子供」という弱い立場だから。
私には、決めることは許されていないのだ。

しゃがれた人の声に応える母親の声は、まるで言葉のようではなく、音楽のように聞こえた。どこか、弾んでいる。
そんな母親が、少し疲れを感じた私の肩を、ぽんぽんと、叩いた。

今朝、父親と母親と私は、東京の弦巻にある父親の実家を後にした。

私にわかっていたことは、今までの名前、「高科 唯」から、「山下 唯」に変わること。
母親の実家で住むこと。そして、父親と母親が別れるということだった。

憎しみあい、罵りあう離婚劇があったかというと、そうではない。
私の知る限りでは。
でも、他のことは何も知らない。

この一年、私は一人で弦巻のおじいちゃまおばあちゃまの家にお泊りによこされた。
おじいちゃまとおばあちゃまの会話では、「かすがい」が出てきた。
「唯は、かすがいだから。」
「かすがいがあるから。」
二人の会話は、最後はこう終わることが多かった。私が「かすがい」だからこそ、何かが回避できるというように聞こえた。
でも、私は「かすがい」が何であるかは知らない。今も。
でも、「かすがい」が何かを聞くことはできなかった。
おじいちゃまおばあちゃまの苦しそうな、祈るような目を、それ以上困惑の色で濁らせたくなかったから。
小学校4年生だって、そのくらいの察しはつく。

「パパとママは尊敬しあっているわ。でもね、歯車が、ちょっと食い違ってしまったの。」
こう母親から切り出されたのは、夏休み。
私の頭には、滑車の実験が浮かんだ。
あの、銀色の。こまがあるやつ。
綱を二人でひっぱる父親と母親。重い分銅がするすると持ち上げられていく。
そして、同じ滑車に二人縄をかけ、二人とも左右に別れてひっぱりあっているのも見えた。
「ねえ、ママ、どうして別れちゃうの?」
「どれだけ好きでも、その気持ちは永遠には続かないのよ。
あれだけ、いるだけで楽しかったはずなのに、一緒にいるだけで、心が枯れてしまう。
唯が、大人になったら、わかる……かも、、、しれないわね。」
「かも」なのだ。
母親は、私にはその本当の理由がわからないと言っているように聞こえた。
私は、それについてシャッターをおろした。そう、閉店するように、店じまいするように。



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