リレーde文芸




一九九八年 十二月のテーマ  「酒のある風景」



「苦くて熱い酒」


私が社会人になったのは、まだバブルが弾ける前、日本経済の絶頂期だった。
プログラムの「プ」の字も知らない私でさえ、情報処理産業の会社に就職できたのだから、今では考えられないことだろう。

私は、会社では講習会の講師をやっていた。お客様向けの講習会だった。
当然、教えるのだからそれなりのスキルがなくては務まらない。スキルがあっても、それをズブの素人にもわかるように説明をしないと、これまた務まらなかった。
一年目は、自分が講師として講習会を担当できるようになるために、必死だった。
両親も、たくさん残業しながら頑張っている私を、暖かく見守っていてくれた。

それが、二年目になり、自分もまだ新しい技術を勉強しなければならない時期に、新人が五人、同じ課に配属されてきた。
トレーナーとして面倒を見る後輩は、二人だけだったのだか、五人の新人が初めて担当する講習会の責任者だったため、講習会のリハーサルに追われる毎日だった。
日中は講習会をし、定時後にリハーサルをする。後輩のリハーサルを終えて、午後9時頃から自分の勉強を始めるといった調子だった。

始めは、社会を知ったほうが良い奥さんになるからと、就職することにも賛成していた両親だが、毎日午後11時を過ぎないと帰って来ない私を見ては、小言しか言わなくなっていた。
午後10時過ぎに鳴る外線からの電話は、たいがい私の母からの電話だった。

父から、小さい頃、理想の女性像を聞かされたことがあった。
てきぱきと仕事をし、情報を集め、正しい判断ができること。それだけではなく、たおやかで、日本の女性としてのしめやかな部分を持つこと。これからは、そんな日本女性が一番素敵だから、私にもそうなって欲しいと父は言っていた。
その理想の女性に、無意識に私は近づこうとしていたのかもしれない。
それに、どんな仕事であろうと、三年は仕事を辞めたり転職はしないでおこうと、心に決めていた。
母は、遅く帰ってくる私をよくなじっていたが、父は、ちょっと心配そうな目をしながらも、何も言わなかった。
それが、なんともいえず、ありがたかった。

あれは、もうウールのコートを着ていた時期だったと思う。白い息を吐きながら、冴えた星空の下オリオンを仰ぎ見ながら帰る、真冬だったと思う。
仕事も、忙しかった。
怒涛のように出張があった。月のうち、半分以上はホテルに泊まっていた。
寂しかった。去った恋人の面影を抱きながら、新しい別の人を好きになることもできずに悶々としていた。
でも、結婚に逃げたくなかった。そういう理由から、父の知り合いから持ちこまれた見合い話しを、私はことごとく断っていた。それがしこりとなって、父や母との会話もぎくしゃくしがちだった。
母は、給料と同額を小遣いとして毎月渡すから、会社を辞めろとまで言っていた。
会社を出て、家に帰るのが、とても嫌だった。
何もかもが辛かった。「三年間は」、という思いだけが、私を支えていた。

眼の下に隈をのせ疲れ切った表情のまま、ぼそぼそと一人小さくなって食事を摂る私の正面に、父が座った。
私は身を固くして箸を止めた。しかし、視線は上げられなかった。また、見合い話のことで小言を言われるのだろうと、半分諦めた気持ちになっていた。ため息が出そうだった。
しかし、向かい側に座った父からは、何か話しかけるような気配は全く感じられなかった。
ドン、と、鈍い音がする。
父の目は見れなかった。ただ、その音がした方を見た。
目の前に置かれたのは、梅干の入った焼酎のお湯割だった。

「飲めや。……疲れたときには、一杯飲んで、寝ろ。何も考えずにな。」
父は、そう言った。
おずおずと視線を上げた私に、父は顎をしゃくるようにして、コップの焼酎を勧めた。
「いろいろあるやろけどな、ま、……頑張れや。」
父はそう言って、席をたつと、私の肩をとんとんと叩いて、寝室へと消えて行った。

口につけた透明のグラスから、鼻腔へと焼酎の香りをのせた湯気が流れ込んできた。
父は、私の気持ちをわかってくれているということが、染み入るように感じとれた。
そして、あえて何も言わずに、私を見つめつづけてくれていることを。
私は焼酎を飲み干した。
空けたグラスが、ピンぼけの写真のように見えた。
少し曲げていた背中を、しゃんと伸ばした。
「うん、もうちょっと、頑張ってみよう。」
少しだけ微笑みながら、自分に言い聞かすように、独り言を言った。
石油ストーブの灯油を吸い上げる音が、幽かに聞こえた。
寒くて、静かな夜だった。

私にとっては、今までで一番苦くて熱くて、そして美味しかった、忘れられない酒だ。



西暦一九九八年 師走 吉日

雅世







今までのバックナンバー

「喪失」(1998年10月) 「夏の日の思い出」(1998年9月) 「出会い」(1998年8月)


もどる



このページの素材は、全て万華鏡さんからいただいております