リレーde文芸




一九九八年 九月のテーマ  「夏の日の思い出」



「これじゃあ、籾には米が入ってないですよ、奥さん」
 鼻筋の通った男性が、助手席から身をひねるようにして私に話し掛ける。
「こんなことは、今まであったんですか?」
 男性は、頭を振った。
「ここで、農業ずっとやってるお年寄りでさえ、こんな酷い冷夏はなかったって言ってます」
 その夏は、異常な寒さの夏だった。梅雨も明けなければ、太陽も姿を見せない。通常なら、暑い暑いと言っている時期に、まだ長袖を着ている。蝉の声も聞こえない。蜻蛉もあまり見かけない。見渡すかぎりの青田の稲穂は、全部空だという。
 運転手と、助手席の男性は、話をし始めた。
 間近で聞く秋田の方言は、まるでフランス語のように美しく、シャンソンを聞いているようだった。
 娘が、私の腕の中で、船を漕ぎ出す。

 私が秋田に来たのは、主人が出場するトライアスロンに、旅行がてら同行したからだ。楽しみにしていた奥入瀬渓流も泥川と化していた。
 この日、超人レースと言われるトライアスロンのスタート地点で主人の背中を見送ると、2才の娘とどうやってゴール地点まで移動するかで、私の頭の中は一杯になっていた。
 都会なら、気軽にタクシーをひろえる。
 でも、そこは違った。
 ほとんどの家では、大人一人に一台ずつ自動車があるようなところだ。タクシーなんて、走っていない。盛り上がる翡翠のような森を抱えた山里で、私は途方にくれていた。
 よほど、困ったような顔をしていたのだろうか、トライアスロンの実行委員の方が声をかけてくれた。時間はかかるが、ゴール地点まで送っていってくれるというのだ。娘はしっかりしてきたとはいえ、まだ2才。さっそく、そのご厚意に甘えることにした。

 軽自動車は、真っ直ぐゴールを目指すのではなく、選手たちが走るルートを全て走る。
 救急隊や、飲み物や食べ物の補給所の様子など、チェックしながら走るのだ。
 この大会のルートは、山道などが選ばれていた。付近には、人家など全くない。ため息の出るほど見事な杉の木が立ち並ぶ街道のようなところもあれば、獣道に少し毛の生えたような道もあった。ほとんどは舗装などされていない。しっとりと濡れた土から、黒い小石が鈍く光っている。

 飛び飛びに設置されている補給所には、3人から4人の人が詰めている。みんな、雨合羽を着込んでいる。このレースは、すべて村のボランティアの方で支えられているという。大きな大会ではないが、手作りで、暖かい大会なのだ。
 自動車の中から、「ごくろうさまです!」と男性が大声で叫ぶと、みんな、笑顔で、こっくりと挨拶を返してくれる。こんな人たちで支えられているトライアスロンに出場している主人は、とても幸せだと胸に熱いものを感じる。軽自動車は、凄いスピードで田舎道を飛ばしていく。今度は、最後のランニングのコースだという。
 コースの途中、だらだらとした長い坂道を上がり、少し下ってまた坂が目前に迫りながら巻き込んでいくような場所があった。補給所からも離れていて、誰一人いない。もちろん民家などない。そんな山姥でも出てきそうな森の中に、小さな人影が、ぽつんと傘をさして佇んでいる。傘のほうが大きく見えるほど小さい。
 その人影は、一人のおばあさんだった。もう、腰が直角になるほど曲がっている。森の中だから、椅子などない。雨を凌ぐような小屋もない。そんな中、傘をさし、選手が来るのをずっと待っているという。
 あのおばあさんは、この後、何時間も小ぬか雨の中にいるのだろう。いつ来るかわからない未知のランナーのために、ただ、そのために、そこにいるのだ。
 思わず、涙が零れた。深く、頭を下げた。また、軽自動車は走り始める。

 トライアスロンの苦しさは、参加した人間にしか語れないものだろう。
 泳ぎ、自転車をこぎ、そして、走るのだから。
 今回のランニングのコースでは、誰もが疲労の頂点に達し、目の前の無情な二つ目の坂で、打ちのめされたような気分になったという。誰も見ていないから歩こうかと弱気になったとき、あのおばあさんが視界に入ってくるのだという。その姿を見たランナーは、最後の力を振り絞り、手を振り、走ろうとする。
 皺くちゃの顔が、傘をさしながら、「頑張れやー」と言って手を振ってくれる。自分が、ここを走り去るのを、何時間も立ち続けて待っていてくれたのだ。そして、最後のランナーが通過するまで、自分が走り去った後でも、あのおばあさんは、ここで雨に打たれながら待ち続けるのだ。全てのランナーは、熱い気持ちを抱きながら、おばあさんの前を横切っていったにちがいない。
 「もしも、自分がリタイアするとしても、あのおばあちゃんの目の前でだけは、絶対に立ち止まりたくなかったよ」どの選手も、レースの後のパーティーで異口同音に、こう言った。

 おばあさんは、ゴール地点で行われたパーティーにはきていなかった。
 今では、顔も、もうはっきりと思い出せない。もちろん、名前も知らない。
 でも、私はこう思う。あのおばあさんは、トライアスロンをしていたのだ。人が途絶えたあの地点で雨に打たれながら、ランナーといっしょにトライアスロンをしていたのだと。
 いつか、私もああやって、誰かの背中を押すことができれば、そんな存在になれれば、そう感じる。
 何年たっても、熱い涙とともに蘇る、これが私の夏の思い出。



西暦一九九八年 長月吉日

雅世









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