リレーde文芸




一九九八年 八月のテーマ  「出会い」



 人はみな、潮の満るときにこの世に来て、潮の引くときにこの世から旅立つ時の旅人だと、私は思っている。
 不思議と私の子供たちは、満潮にあわせて生まれてきた。私の祖母は、干潮とともにこの世から去っている。
 私も、そんな時の旅人の一人だ。
 人という旅人は、いろんな出会いをする。何かが引き合わせた不思議な縁を感じる。
 でも、その出会いが一期一会で終わるのか、その関係が続くかは、自分にかかっているように思えてならない。だかろこそ、出会いの時には、どんな人に対しても丸くて柔らかい心で接したいと思う。
 でも、これは確かに難しい。時には、自分とは全く反対の考えの人に出会う。討論になることはもちろんのこと、喧嘩になってしまうこともある。そのとき、ふと、考える。相手がなぜそう思っているのか、理由はなんなのか。
 二人以上の人間が、全く同じ考えを持つなんて、不可能だ。同じ方向の考えでも、少しずつずれていたりする。
 でも、それでもいいではないか。
 全く同じを求め、自分と同じ意見に相手を引きずり込むのに躍起になるよりも、相手の考えを理解して、認めることが大切だと思う。認めたからといって、その相手と自分が同じ意見になる必要なんてないと思う。
 みんな違った考えを持っているからこそ、健全だとも思う。
 インターネット、そこにはたくさんの出会いが待ち受けている。
 それと同時に、顔の見えない相手に対して、恐ろしく失礼で傲慢な態度で接する人もいる。
 でも、牙を剥いた心には、牙を剥いた心しか返ってこないだろう。
 今日、インターネットで縁のあった方から、私のためにと作ってくださった小篆がメールで届いた。私の中のデリケートな部分を三日月に、柔らかい優しい部分を花雪に表現してくださったという。顔も見たことのない私のために、真心をこめて、その方の貴重な時間を割いて作ってくださった作品だ。
 出会いは素敵だ。そんな出会いに感謝しながら、それを慈しみ育てていけるような人間に、私はなりたい。
 さあ、感謝をこめて、その印を使わせていただこう。



西暦一九九八年 葉月吉日

雅世








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