何が問題なの



戦争、内戦が終わる、それはとても明るい未来を意味しています。
村や町を捨て、難民生活を余儀なくされていた人たちが故郷へ戻り、安心して暮らせることを意味しているのですから。
荒れ果てた土地は実りをもたらす豊かな畑や田んぼになるでしょう。
放牧されている牛、声を上げ笑いながら走り回る子供たち、赤ん坊を抱いて微笑みながら乳を含ませる母親。
でも、地雷のばら撒かれた土地では、このような復興はできないのです。


地雷は人々が生活する場に設置されました。
学校や灌漑用水施設、村、畑、水汲みなど生活するのに必要な小道、他の村や町への道路など、ありとあらゆるところです。


畑を耕したくても、どこに地雷があるかもわからない状態で、あなたは鍬を握れますか?


アフリカのアンゴラは昔は農産物輸出国だったのに、今では農産物輸入国になってしまっています。それでも、食料が足らずに飢餓する人が出ているのです。
アフガニスタンでは家畜を安全に放牧できないため、所有者が家畜の群すべてを撃ち殺さざるおえなかったのです。
カンボジアでは、新しい土地を開墾しようとしたり、群れから離れた牛を連れ戻しにいった人が地雷の被害にあっています。
ザンビアとジンバブエの国境では、独立戦争のときに設置された大量の地雷が残っているため、約50万ヘクタールの土地が放置されたままになっています。
そして、もっと悲しいことに、これから未来のある好奇心旺盛な子供たちが、農作業や水汲みの手伝い、それに遊びの間に、地雷の被害にあっているのです。



それだけではありません。 新しく市場を作ろうにも、工場を作ろうにも、いつでも地雷はその発展の足枷となっています。
戦争によって経済的にも貧しい国は、どうやって国を再建していけばよいのでしょうか。
農業も商業も、そして工業も、思うように発展しなければ、国際的な発言権も低いまま、他の国からの援助に頼らなければなりません。

地雷は、早く取り除かなければ、その国の今後の発展を遅れさせてしまいます。

発展が遅れるということは、さまざまな弊害を生みます。
農地を耕せない農民は、どうやって食べていけばよいのでしょう? どうやって現金収入を得て食料を調達すればいいのでしょう。

現金を素早く調達できる方法として、今、カンボジアでは人身売買がまだ行われています。
売られた少年少女は売春などの職業につかされることが多く、彼等が性病にかかったりHIV感染してしまうケースが多いのも事実です。
もし、幸運にもそんな病気にならなかったとしても、年季が明けて村に戻っても彼等の過去は村人に知れ渡っているため村になじめず、また都会に戻ってしまう子供も多いのです。


だからこそ、どこかでこの悪循環を断ち切らなければなりません。



私が最も悲しいと感じるのは、内戦などの混乱が終わってからも地雷による被害者が続出していることです。
その怪我は、想像を絶するような痛みでしょう。包丁で葱を切っているときに、誤って指を切ったのでさえ、あんなに痛いのですから。
そして、その怪我は痛ましいものです。
手足を切断しなければならないケースがほとんどです。また、爆発によって失明してしまう人もいるのです。


地雷での犠牲者は、弾丸による負傷者よりも輸血が必要になる可能性が2倍になっています。
輸血を必要とした場合、その怪我のひどさから、戦争による負傷者の2倍から6倍の血液が必要になります。


戦争や地雷などによって分断された交通手段を使って、病院まで移動することは大変なことです。
兵士が負傷した場合は自動車やヘリコプターで病院に輸送されるのが一般的です。
しかし、文民の場合は人が荷車に負傷者を乗せて運んでいます。
初期治療には、怪我をした直後から長くても36時間以内に治療を受けることが好ましいとされています。


なぜなら、地雷での傷はとてもひどいものだからです。爆発のせいで衣服や靴が傷口に食い込み、手足は骨が砕けて肉がカリフラワー状になってしまいます。
切断手術では、その後に感染症を引き起こさないためにも、ダメージをうけていない部分ぎりぎりまで切断します。
処置が遅れるということは、残るはずだった負傷していない部分までをも切断することに繋がります。
実際に、病院にたどりつくまで時間がかかったため、足を根元から切断したケースもあります。
どこまで足や手を残せるかは、その後の生活に大きくかかわってきます。
義肢をつけるにも、膝が残っている場合には、訓練すればほとんど以前と変わらないように歩くことができますが、膝が無い場合は、義肢で歩くことはとても困難になります。
腕の場合も、肘が残っていれば、義手を使って食事をしたり字を書くことができますが、肘がないとそれもかなり困難になります。

しかし、残念なことに、実際にはとても時間がかかっています。


地雷での負傷者が、6時間以内に病院に到着するパーセンテージは24.6%、24時間以内が69.4%、72時間以内が84%となっています。
残りの16%は、病院到着まで、3日以上かかります。
Human Rights Watch の調査員によると、負傷してから病院に到着するまで6日もかかった男性がいたと報告されています。

手術を受けられても、切断手術の失敗から、感染症を起こすこともあります。
また、麻酔や痛み止めの不足から、手術を受けた後の痛みは、本当にひどいものです。

しかし、病院に運ばれて手術を受けられた人は、まだ幸運なのかもしれません。
地雷の犠牲者の半数は、満足な治療も受けられずに死んでいるのです。

子供の場合、体が小さいことから地雷の被害は大人よりもさらにひどいものになります。
そのため、子供の負傷者の85%が、病院に到着する前に死亡しています。


地雷による負傷は、生き残った人に永続的な障害をもたらします。被害者は、一生リハビリを続けなければなりません。
大人の場合、義肢の取り替えは3年から5年周期です。しかし、子供の場合は成長が早いため、6ヶ月ごとに取り替えなければなりません。
10歳の子供の場合、その後40年から50年生きると見積もっても、一生のうちに25回の取り替えが必要になります。
義肢は一つ125ドルかかります。日本円では約1万6千円になります。(USドルを130円で計算しています)すると、一生涯では、3、125ドル(約40万6千円)にも達します。
平均収入が一ヶ月15〜20ドル(1、950〜2、600円)の国では、とても捻出できない金額です。

カンボジアやアフガニスタンでは、義足どころか、入院費用が払えないため借金をしてその金額を賄っています。
もしも、借金ができないようであれば、既婚者でも、一方的に離婚されてしまいます。独身者なら、結婚の望みもなくなります。

小さい子供でさえ、一家を支える労働力として期待されているような貧しい国で、手足を失うということは、お金がかかるという問題だけではありません。
労働力にならないものは、足手まとい、もっとひどい言葉でいうなら、穀潰しとみなされています。

生き残ったとしても、そこは死ぬまで生き地獄なのです。


カンボジアで地雷の被害にあった青年の言葉が、とても痛かったです。
「友達は僕を担いで病院に行こうとした。でも、僕は重過ぎた。
彼は何度もあやまりながら、僕の膝から下を、斧で断ち切った」


ほんとうに、どこかでこの悪循環を断ち切らなければならないのです。
これは、海の向こうの国の話しではありません。
私たちの住んでいる地球で、今、私たちがこうやって生きている間にも、誰かか犠牲になっているのです!!


最終更新日1998年6月5日


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